やさしい胃のはなし
1. 胃の病気
日本人は、昔から胃の病気が多く、「腹が立つ、腹の虫が治まらない、腹を割ってはなせる、腹黒い」など、腹のつく言葉がたくさんあります。胃腸の調子は日常生活と深くかかわっており、怒ったり、心配事など、大きなストレスを受けたときなどにお腹が痛くなり、胃炎や胃潰瘍になる場合があります。
おなかの痛みはいろいろな病気の信号です。
それでは、胃の痛みや病気について考えてみましょう。
2. 胃のはなし
胃は口から入った食べ物を腸で吸収しやすくするために消化を行うところです。胃では、食べ物を消化するために胃液が分泌され、その主な成分は塩酸とペプチンです。本来、これらの成分は食べ物を消化するために分泌されるのですが、その消化力は、胃の壁も溶かしてしまうほど強力な作用を持っています。
胃は賢いもので、胃の粘膜には胃液に消化されないようにするため、表面から粘液が分泌され、表面をカバーし、胃酸から胃壁を守るための自らの防御機構があります。
3. なぜ胃炎や胃潰瘍になるのか、その原因は?
ところが、胃にストレスや生活の不摂生、体質や環境の変化など、いろいろな原因が重なると防御機構とのバランスが崩れてしまいます。そうなると、胃液の強力な消化作用が胃の粘膜に働いて、胃の粘膜がただれを起こし胃炎となったり、胃壁が深くえぐられてしますと胃潰瘍になります。さらに、胃酸の量が多いと十二指腸まで大量の酸が流れ込み、十二指腸潰瘍になってしまいます。
4. 日本人は胃潰瘍が多い
男女別でみると、胃潰瘍、十二指腸潰瘍とも女性より男性に多く、年齢別では胃潰瘍は40〜60歳代を中心として壮年層に、十二指腸潰瘍は20〜30歳代を中心とする若い世代に多くみられますが、最近ではライフスタイルの変化に伴い、子どもにも多くみられるようになってきました。肉類を多く食べる習慣の多い欧米人は、胃酸の分泌顔奥、十二指腸へ流れる酸の影響で十二指腸潰瘍が多く発症しますが、日本人は胃潰瘍が多いといわれています。
5. 痛みはお腹が悪くなったシグナル
胃粘膜表面の傷や炎症を起こしたところなどに、胃酸が降りかかると激痛が走ります。おなかの症状でもっとも多いのは腹痛ですが、痛みの場所や程度、持続時間などで病気の内容もいろいろです。
一般に、潰瘍にかかっている人の90%に自覚症状があるといわれ、
1、腹痛、
2、胸焼け、吐き気、嘔吐、食欲不振、
3、吐血、下血、
4、季節の変わり目に胃が痛くなる、
などといった症状には十分に注意することが必要です。
胃炎、胃潰瘍、十二指腸潰瘍の場合には、心窩部(みぞおち付近)が痛くなりますが、胃癌の場合も同じ場所が痛くなってきます。痛みは胃酸を抑えると治る場合もありますが、薬を飲んで痛みが治ったからといって、病気が治ったとは限りません。
痛みは非常にやっかいなもので、胃が痛いとなかり思い込んでいても、癌が隠れていたり、胃以外の病気のこともありますので、素人療法はとても危険です。いずれにしても、痛みは何らかの異常を知らせる信号ですので、すぐに医師に診てもらいましょう。
6. 診断方法
診断方法は、現在、内視鏡検査(胃カメラ)が主流になっています。胃や十二指腸潰瘍の診断だけでなく、病変が癌でないかどうかを調べたり、潰瘍からの出血を止めたり、小さな癌を切除することもできます。内視鏡は、ほとんど苦痛なく行えるので気軽に受けるようにしましょう。
7. 胃酸の役目
胃酸は、食べ物についているいろいろな細菌類に攻撃をかけたり、タンパク質を腸で吸収しやすくするために消化を助けたり、ビタミンB12の吸収を助けたりします。
また、潰瘍を治すため、胃酸の分泌を抑えると、これらの大事な役目がおろそかになりますので、無意味な長期間の服用をさけるためにも、薬の服用に際しては定期的に医師の指示を受けることが大切です。
8. H2ブロッカーによる治療
胃潰瘍・十二指腸潰瘍の主な原因は、胃の中の酸だと言われています。現在、胃潰瘍や十二指腸潰瘍の治療には、胃の中の塩酸を抑える力が強いH2ブロッカーという薬が多く使われています。
H2ブロッカーを飲むと、胃酸の分泌が抑えられて3日位で痛みや胸焼けが治ってしまいます。速やかに症状がとれますので、患者さんは治ったと思い薬を飲むことをやめてしまいます。しかし、症状がとれても傷口はきちんと治っていません。精密検査なしでただH2ブロッカーを飲んでも、どこが悪いのか、どんな病気が隠れているのかわかりません。医師の診断をきちんと受けて、潰瘍では指示通り1年前後は飲み続けなければなりません。ここが一番のポイントで、再発する人の多くは治ったと思い込んで油断して飲むのをやめてしまいます。
しかし、薬を飲むのを急に中止すると、いったん抑えられていた胃酸の分泌が反発してもとにもどり、再び胃酸の分泌が高まります。このことは、きわめて危険で潰瘍の再発や出血の原因になります。
9. 潰瘍の再発予防
胃潰瘍・十二指腸潰瘍は治ってから、1年以内に70の人が再発するといわれています。再発を防ぐには、潰瘍発生の原因となる不摂生(ライフスタイル)、ストレスをできるだけさけること、症状がなくなっても医師にもらった薬をきちんと飲み続けることも大事です。また、潰瘍の本当の経過は、自覚症状だけではわかりませんので、必ず医師の指示を受けましょう。
10. ピロリ菌
胃の中には、強い酸(塩酸)があるため胃の中に住み着いている細菌はいないといわれてきましたが、1983年オーストラリアの学者が胃の中に住み着いている細菌を発見しました。
この細菌は、ヘリコバクター・ピロリ(ピロリ菌)という名前で、「胃炎、胃潰瘍、十二指腸潰瘍の原因である」とまで言われるようになってきました。このピロリ菌を胃から除菌すると、一度治った潰瘍はほとんど再発しないという報告がされており、現在、欧米では胃潰瘍、十二指腸潰瘍治療の際には潰瘍の治療とともにピロリ菌を除菌してしまう治療法が始まっています(当院でもおこなっています)。
11. ライフスタイルの改善と予防のポイント
私たちの胃腸はとてもデリケートで、感情などによって、胃酸の分泌や運動が障害され、腹痛、食欲不振、膨満感など実に多彩な症状を示します。世の中はますます複雑化し、ストレスに原因する潰瘍は決して減ることはありません。
そこで、生活習慣病の立場から日常のストレスからデリケートな胃を守る治療の基本は、あくまでも心身を安静にし、生活習慣、特に食習慣を改善することが大事で、その上で有効に薬を使うことが何よりも大切です。治療にあたっては、何度も申し上げますが、病状をはじめ、自身の生活習慣などを考え、医師と相談しながら、自分に合った治療法をとることが大切です。
1. ゆとりあるライフスタイルを心がけましょう。
仕事にばかり追われている生活を改め、気分転換などストレスと上手に付き合うことが大切です。
2. 規則正しい食習慣を身につけましょう。
不規則な食習慣は、1日の胃液分泌のリズムを崩し、胃に大きな負担を与え胃炎や胃潰瘍を発生しやすい条件を作ることになります。
3. お酒を飲む前に乳製品(牛乳、チーズなど)を食べましょう
アルコールによる胃粘膜の障害を防ぐ意味で牛乳やチーズなどの乳製品を食べてから飲むようにすると、タンパク質やカルシウムに胃酸を中和する力があるので、胃粘膜を保護してくれます。
4. たばこはほどほどにしましょう。
ニコチンは血管を収縮させ、胃の粘膜の血液循環に障害を起こし胃の運動を遅らせ、潰瘍を起こしたり治癒をおくらせたりします。
5. 睡眠時間は十分にとりましょう。
夜間には胃液の分泌は低下しますが、睡眠不足になると夜間でも胃液の分泌が高まり、胃壁を傷つけてしまうことになります。
(三共)