超時空物語
メガロード

第2話[「パスト・ドリーム」


 彼がその前に立って、もうどのくらい経ったであろうか・・・

 未沙には、それがもう何時間にも感じられた。逆に、その時間が彼にとって数分にしか値しないことも、未沙は知っていた。
 それを見つめる彼の横顔は、未沙の見慣れたそれではない・・・未沙は、その横顔を数えるほどしか見たことはなかった。未沙は悲しい想いと共に彼を見つめ続けた・・・

 それは、かって輝の夢であった。いや、全てであったのかもしれない。それを見ていると、失われた日々か蘇って来るかのようであった・・・

 先輩と一緒に飛んだ、初めての空。アクロバット飛行中の父の死・・・楽しかったとき、悲しかったとき等々が次々と思い出された。
 そして運命の日、マクロス新宙式当日。フォッカー先輩との再会、ミンメイとの決死行・・・もう遥か昔のことのようにであった。



 昨日、改修中のあるブロックから、一機のファン・レーサーの残骸が発見された。たまたま、そのブロックの担当主任が航空機マニアであったため、持ち主を捜したところ、バルキリー隊の一条大尉であることがわり、連絡が届いたのである。

 輝が過去を振り切るように振り返ったとき、そこに未沙の姿を見い出した。未沙の瞳は、輝を見つめていた。

「未沙、いつから・・・いや、行こう。」

 輝には未沙がいつからそこに居たのか、わかるような気がした。おそらく、白分がファン・レーサーを見ている間、ずっとそこで自分を見つめていたに違いなかった。

「コーヒーでも飲みに行こう。」

輝はそう言って、未沙の肩を軽く抱くようにして歩きだした・・・二人が去った後には、レーサーの残骸だけが、静かに横たわっていた。それは、あたかも輝自身の夢の残骸であるかのようであった。



「輝、一体どこに連れてくの?」

 次の休日、未沙は輝に連れられて、マクロス・シティーを離れた。
 未沙も輝も、新統合政府にとって重要な役割を担っている。従って、その任務も多忙であり、二人が同じ日に休めることなど、滅多にないことである。
 そして未沙の記憶が確かなら、輝は今日も任務のはずだった。


 未沙がいつもの休日のように、輝の家に掃除をしに行ったとき、未だに眠っている輝の姿を発見した。

『何をしてるの!とっくにマクロスに行ってなきやならない時間でしょ。』

『今日はいいんだ。特別休暇をとったんだ。それより、いい所に連れてってやるよ。』

そう言って、輝は未沙を連れ出したのだ。


「それは、着いてからのお楽しみ。」

輝は、笑ってそう答えるだけだった。

「もう!」

そう言いながら、未沙も笑っていた。
 ここ数日の間、未沙は少々寝不足ぎみだった。数日前に見た、輝のあの横顔がずっと心に引っ掛かっていたのだ。

−ミンメイ・・・彼女なら、あの横顔をよく知っているかも・・・


 半年前、ミンメイは輝の前を去り、未沙は輝の横でその後ろ姿を見送った。だが、その三年前・・・まだ民間人だった頃の輝を彼女は知っていたはずである。



 輝が未沙を連れて来たのは、シラスン・シティーだった。

「確か、民間のアクロバット・ショーをやるのってここじゃなかったかしら?」

「当り。ついでに言うなら、ショーのチーフのニック・メイスンは、親父の片腕だった男なんだ。」

昔を思い出すようにそう言った輝の顔は、あの横顔と同じものであった。

「ハハハ。やってる、やってる。」

輝は未沙の手を引いて、ショー会場にやって来た。その上空を、五機の軽飛行機が上昇していく。

「ほらっ、あれ!あの五機の真ん中のやつ、あれがニックだ!」

輝は瞳を輝かせて言った。

 未沙は輝の解説を聞きながら、いつしか輝が上空の飛行機を操縦している姿を想像していた。その想像の中では、未沙は軍のオペレーターではなく、ただの観客として輝のアクロバット飛行に喝采を送っていた。
 そして、地上スレスレを飛ぷ飛行機のコックピットから、輝が笑いかけてくる。その笑顔が、あの横顔とダブる。そして同じ笑顔が、今、未沙の目の前にあった。
 やがて、想像の中の輝は編隊を離れ、独りいずこともなく飛び去っていく。末沙はそれを迫って走ったが、輝の機体は空の中に消えていった・・・

「輝!」

未沙は思わず現実の輝を振り返ったが、そこには輝の姿はなかった。

慌てて周囲を見回す未沙に、

「どうしたの?」

未沙の後ろから、輝が問いかけて来た。振り返ると、そこにはジュースの缶を持った輝が立っていた。

「はい、ジュース。喉が乾いただろ。」

「もう、言ってくれれば、ジュースぐらい私が買いに行ったのに・・・」

未沙は心の中で胸を撫で下ろしながらいった。
 同時に、陽射の暑さを思い出して、喉がカラカラになっていることに気づいた。

「いや、あんまり熱心に見てたもんだから」

そう言いながら、輝は未沙にジュースを手渡した。

「えっ、そうだった?ごめんなさい。」

未沙は、輝の買ってきてくれたジュースを飲んで、喉だけではなく心も満たされる気がした。

 輝は、いつになく素直な未沙の反応に驚く一方、彼女の笑顔をまぶしく感じていた。それはまぎれもなく、極上の笑顔だったからだ。


 ショーの終わった後、二人はシティーの中を散策した。それは久しぶりに過ごす、二人だけの時間であった。半年前・・・いや、二年前の第一次宇宙大戦からこっち、こんな穏やかな時間が流れたことは、数えるほどしかなかった。



 その夜、輝はまた未沙の夢を見た。未沙は笑っていたが、その周囲にライバーの姿はなかった。かといって自分が居たわけではなかったが、なぜかその笑顔は自分に向けられているような気がした。
 また、未沙もその夜、グッスリ眠れたことは言うまでもない。



「第3話」へ

目次のページに戻る