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イミグレーション

 はるばるイギリスに研修旅行に行ったことがある。参加資格がもろもろあって、一番のネックは英会話が出来ることと言う項目だった(このツアーには通訳は付かない!)。主催者側もこの項目ゆえに積極的に手を挙げる事業体が少なくて困っていたらしい。そういうわけかどうかは解らないが、他県で割り当てのキャンセルが出たらしく何故かオファーが来た。海外と言えば新婚旅行でグァムに行ったのが唯一の機会だったから、遠いヨーロッパまで行っての研修に興味がないと言えば嘘になるが、やはり英会話に引っかかった。結局、片言程度でなんとかなると言われ決断したのだが、派遣が決まってから実際に行くまでの間は、四六時中「英会話」が頭にまとわりついてそれなりに悩んだものだ。無駄な気もしたが、英会話のCDを買ったり英会話教室に通って気を紛らわす毎日だった。

 その年の第1陣の参加メンバーは11名、事前の顔合わせで一番年上の人が団長で、2番目に若い私が副団長と言うことに決まっていた。現地の担当者との折衝もしなければならない雰囲気もあったりで、期待より不安がますます大きくなる。いよいよ出発の日が近づきつつあるが、依然として英会話は成立しそうにもなく泣きたい気分で成田に向かった。そういう気持ちはほぼ全員が持っていたようで、見送りの関係者に較べて落ち込み気味である。とは言え1人で未開の地へ行くわけでもないので、出国手続きが終わると不思議と覚悟ができた。成田からロンドン・ヒースロー空港まで、JALの直行便で約12時間のフライトである。シベリア上空を通るので所要時間が短いのだが、狭いシートに半日近く座っているとかなり疲れてくる。機内食と映画鑑賞でなんとか気を紛らわすことができた。

 空港に降り立って最初の関門が入国審査である。出発前から「斉藤寝具店でえす」(sightseeing,10days)のノリで答えれば良いと聞いてはいたのだが、そんなにすんなりとはいく訳がない。長い行列の中でドキドキしながら待っていると、ようやく自分の番がやってきた。既に多数の日本人が思ったより簡単に手続きを済ませている様子が解っていたので、案ずるより生むが安しなんだよな、と思ったのはやはり間違いだったのだ。気難しそうな顔つきの管理官の前に来ると、まず入国の目的を聞かれた。ここはお約束の「斉藤寝具」をぶちかましてやると、彼はビザを見ながら声を荒げて何か言っている。そうビザには目的が「study tour(研修旅行)」と書かれていたのだ。そんなことは何も考えずに「観光」と答えるほうが悪いとは思うが、なんせ状況がよく掴めない。しどろもどろの対応が事態を更に悪化させていくようだった。周りを見ても誰も助けてくれそうな気配もなく、いたずらに時間だけが経過していくので、とうとう相手も業を煮やして「乗ってきた飛行機のチケットを見せろ!」と言うことになった。慌てていると捜し物もすんなりと見つからないものである。ようやくチケットを見せて、やっとの思いで入国することができた。待っていてくれた仲間のところに行って遅くなったことを詫びていると、もう1人来ていないことがわかったのだが、その旭川のTさんも同じような理由で足止めを食ったらしい。

 到着早々こんな具合だから、前途多難な旅になるかと思っていたが、現地の担当者がやさしい人でゆっくりと話してくれるので、その後は窮地に立たされることもなくまあまあ快適な研修所生活が送れた。入国審査が厳しいのはイギリスが島国であるからであろうが、研修の帰りに立ち寄ったフランスでの入国はパスポートを改札口の定期券みたいに見せるだけで済んだ。陸続きで他国と接している大陸故のことだろう。それはともかく英会話さえきちんと身につけておけば、そんなに長く引き留められることもなかったのだろうと思うと不勉強な自分に少し悔しさを感じた。 

(00/5/24)