記号論(Semiotics)

はじめに

この記事はWikipedia の Semioticsの翻訳である。論理学の完全性の問題が syntax と semantics の問題としてとらえると分かりやすいが、一体どこから出てきた言葉なのだろうと探していたらここにたどり着いた。

論理学の場合、syntax(統辞論) は記号論理学の文法規則と推論規則を示し、semantics (意味論)は命題論理学の真理値や形式的体系の命題に対するタルスキーの定義した真理概念や、形式的体系のモデルを指す。

これらの用語を使うと、ヒルベルトが形式的体系について述べた「点が椅子で、線が机でも構わない。」と言う言葉は、数学を syntax (文法規則)で一元的に構築しようという試みだった事が分かる。数学の本質は論理的演繹という文法規則であり、個々の命題の semantics (意味論) は派生的なものでしかないという考え方である。

命題の証明可能性という syntax と命題のトートロジーという semantics が同値な命題論理学の場合は上の試みは成功する。しかし、この場合も任意の命題が証明可能かどうか判定できると言う命題論理学の完全性または決定可能性の証明は syntax と semantics の同値性が利用されるのである。

ところが、自然数論の形式的体系では syntax 的に証明不可能であるが、真である命題が発生してしまう。syntax と semantics の解離が起きてしまうのである。このため、任意の命題が証明可能か証明不可能かを決定できるという決定問題は否定的な解決となってしまった。これが、ゲーデルの不完全性定理の意義だと思う。

どうして形式的体系 という syntax だけではだめだったのかと言う理由は、形式的体系の中の文を同じ体系内の述語で評価すると言う入れ子構造が決定不可能な命題を作りだしてしまうためで、素朴集合論のラッセルのパラドックスや、対角線論法、チューリング機械の決定可能問題の否定的結論などと同じ理由である。

記号論とは何か

記号論(Semiotics)が取り扱うのは、人の心がどのように意味を発生させ、伝達し、記号化(coding)するかということである。記号論はどのような形のサイン(sign)、やシンボル(symbol)も扱う。すなわち、サインと言うのは単に言葉を指すだけではなく、単語、身ぶり(gesture)、音声などもを記号(sign)として考えるのである。また、どのような概念(concepts)、思考(thoughts)、アイディア(ideas)であっても、それはそれ自身とは異なる何か別の物のシンボルなのである。したがって、記号論は、様々な分野に現れるシンボルや情報について批判的に検討するための洞察力と道具を提供するのである。

人間が様々なアイディア、物事、概念、本質の間の関係を熟慮することが出来るのは、他ならない人間のこのシンボルを操作できる能力の故なのである。人間のこの能力は地球の他のどの生物の同様の能力もはるかに凌いでいる。

今日の記号論は、次の四つの階層に分けられている。

  1. シンタックス(Syntax):要素がサイン(sign)である
  2. シグマティクス(Sigmatics):要素がデータ(data)である
  3. セマンティクス(Semantics):要素がメッセージ(message)である
  4. プラグマティクス(Pragmatics):要素は情報(information)である

科学や知識の哲学である認識論(epistemology)や、記号論理学をその起原として発達した記号論は、今や科学や技術の発展に重要な役割を果たすようになってきている。そして、記号論は様々の分野の知識を学際的に結びつける役割も果たしている。

歴史

哲学者の John Locke が 1690 年に初めて、著書の An essay concerning human understanding の中で、ギリシア語の印を意味する sema と言う語にちなんで "semiotike" という用語を使った。

Charles Sanders Peirce(1839-1914)、実用主義(プラグマティズム)学派の開祖者、が学問としての記号論を発明し、それに "someiotic" という用語をあてた。この形の記号論では、基礎となるサイン(記号)は、対象(object)と表記(reprisentaision)と表記を解釈する人(interpretant)との3者の関係として捕えられている。

Ferdinand de Saussure(1857-1913)、現代言語学の父、Peirce と同時期に "semiology" という分野を開拓した。Saussure は記号(sign)を記号表記(signifier)と記号内容(signified)の二つの部分から構成されるものとして定義し、それらの相互作用の重要性を強調した。

Charles W. Morris(1901-1979) は Foundation of the Theory of Signs で有名。

Umberto Eco は数々の著作で記号論の普及に貢献した。最も有名なのは A Theory of Semiotics である。Eco は特に Peirce の重要性を強調している。

Algirdas Gremias は generative semiotics という構造主義的な記号論を開発した。Gremias は記号論の考察の対象を、サインから記号全体の構造に移そうとした。Greimas は彼の仕事は Saussure, Hjilmslev, Levi-Strauss, Merleau-Ponty の影響を受けていると言っている。

Jay Forrester は複雑なシステムの形式化を開発した。彼の開発した方法は個々の心理モデル同士の葛藤がグループ間のコミュニケーションに問題を引き起こすメカニズムを説明するのに有効である。例えば、彼の論文 Counterintuitive Behaviou of Social Systems で彼は人間の社会集団間のコミュニケーション障害について説明している。

派生的研究

Biosemiotics は生体の通信や表示のしくみについて調べる学際的な研究である。

Computational semiotics では記号論のプロセスをコンピュータシミュレーションしようとしている。Computational semiotics は人工知能や知識工学を記号論的なアプローチで研究している分野であるといえるかもしれない。

Literary semotics は記号論の理論を(通信理論や情報理論とともに)文学作品に適用しようとするものである。Literary semotics の研究者はしばしば、ハードサイエンスすなわち、数学の数式や文字列のコンピュータ処理の方法を、文学の批評に利用しようとする。

他の人たち、フランスの批評家 Roland Barthes や、多くの Matrixsists は記号論の技法を政治的社会的批評や諷刺に利用しようとする。Pop culture 派生物はしばしば記号論的アプローチのターゲットになってきた。一例として、Brathes がレスリングのタッグマッチを逆構造解釈している。

Medical semiotics では患者の症状についての訴えの解釈について研究している。このような試みは、医師が自分が直接には体験できない患者の痛みや他の症状をどのように理解するかと言う事について特に重要な意義がある。

関連事項

構造主義

リンク

省略

Charles Morris

syntax と semantics という用語を使い始めたのは、アメリカの哲学者 Charles W. Morris である。彼は彼の著書 Foundation of the Theory of Signs の中で初めて semiotics を 記号(sign)がどのように物事と関連づけられているかを研究する semantics と、記号が他の記号とどのように関連してもっと複雑な記号のシステムを形成しているかを研究する syntactics、及び、日常生活に記号がどのように利用されているかを研究する pragmatics の三層に分けた。この考え方は雑多な記号論の標準化に役立ち、semantics, syntactics, pragmatics の考え方は Morris の最も大きな業績となっている。引用文献