マルコによる福音書の第 7 章に、悪霊に憑かれた娘をキリストに治してもらおうとやって来た女の人の話があります。この女の人は異邦人だったためキリストは頼みを断ってしまいます。
イエスはそこを立ち去って、ティルスの地方に行かれた。ある家に入り、誰にも知られたくないと思っておられたが、人々に気づかれてしまった。汚れた霊に取りつかれた幼い娘を持つ女が、すぐにイエスのことを聞きつけ、来てその足もとにひれ伏した。女はギリシア人でシリア・フェニキアの生まれであったが、娘から悪霊を追い出してくださいと頼んだ。イエスは言われた。「まず、子供たちに十分食べさせなければならない。子供たちのパンを取って、小犬にやってはいけない。」ところが、女は答えて言った。「主よ、しかし、食卓の下の小犬も、子供のパン屑はいただきます。」そこで、イエスは言われた。「それほど言うなら、よろしい、家に帰りなさい。悪霊はあなたの娘からもう出てしまった。」女が家に帰ってみると、その子は床の上に寝ており、悪霊はでてしまっていた。
疲れて不機嫌になっていたキリストは、尋ねてきたこの女の人に「犬にはパンはやらん」とひどい言葉で頼みを断ります。ところが、この女の人はキリストの言葉に正面からは逆らわず、「犬でも落ちたパン屑はもらえるはずだ」と切り返します。柔軟な心を持った頭の良い子供思いのお母さんです。さすがのキリストもあきれ顔で「そこまで言うのか?」と言ったに違いありません。悪霊だって、このお母さんの言葉を聞いた途端にとっとと出て行ったのでしょう。人間の一途な思いが聖人から祝福をもぎとった格好です。神と人間との関係は神からの一方的な支配や祝福ではなく、打々発止と渡り合うことができる関係であるかもしれないと思わせる話です。