「真宮寺家補完計画(第三回)」出展作品
第四話 「月見さくらの影」
すでに日が暮れて、真っ暗になった庭先を、少女は歩いていた。
じっと前方の暗闇を見据えながら歩く少女を、月影が照らしだす。
一体、どれくらい泣いていたのだろう、少女の双眸は真っ赤に腫れあがっている。
少女の歳は、12才。名を『真宮寺さくら』。『裏御三家』と呼ばれる『真宮寺』家の生まれである。
古より北方の霊的守護を勤めてきた『真宮寺』家も、直系と呼べる者は、すでに さくら 一人であった。いや、三日前まではもう一人居たし、まだ増える可能性もないではなかった。
三日前、さくら は実の父親である『真宮寺一馬』と死別した。一人娘である彼女にとって、それは彼女が『真宮寺』家の次期当主になることを意味した。
次期当主という重みよりも、愛すべき父親の死が悲しくて、さくら は泣いた。母親や祖母の目の届かぬところで・・・
そうして、3日目の晩。さくら はいつの間にか、父親の眠る『真宮寺』家代々の墓所に足を向けていた。
<お・・・お父・・・様!?>
庭の茂みを抜けたとき、さくら の眼に入ったのは墓所と、その前にたたずむ人影であった。
『真宮寺』家の墓所は、隠し墓であり、一族の者以外は参ることを禁じられていた。そこにたたずむ人影。一瞬、それが父親に見えた。
しかし、改めて見直すと、その人影の背中は父のそれよりもずっと小さかった。
さくら の気配に気づいたのか、人影がゆっくりと振り返る。
<・・・・・・・!>
振り返った人影は、一馬よりも若い青年であった。だが、その相貌はどこかしら一馬の面影を宿しているように感じられる。
「お兄ちゃん・・・?カズマのお兄ちゃん?」
さくら は青年を知っていた。青年の名は『カズマ』。『真宮寺』の分家筋にあたる『新宮』家の者である。
幼い頃、3つ程年上のカズマに何度か遊んでもらったことがあり、兄姉のいない さくら は、カズマのことを兄と呼んでいた。
だが、ある時期を境に、カズマが真宮寺家を訪れることがなくなった。
さくら を驚かせたのは、成長したカズマが父の面影を宿していることではなく、彼の頬をつたう涙の筋であった。
「さくら ちゃん・・・」
涙を拭うことなく、さくら の名を呼ぶカズマの声もまた、父のそれを思い出させるものであった。
もっとも、面影も声も、亡き父を慕う想いが起こした錯覚かもしれないが・・・
「どうしたの・・・?」
突然の再会に混乱した さくら が、ようやくそう問いかけたとき、墓所の正面にカズマの姿はなく、さくら の脇を音もなく抜けて行こうとしていた。
すれ違いざまに、そっと さくら の肩に手を置くと、一言呟いた。
「すまない・・・」
さくら が我に返って振り返ったとき、そこには夜の暗闇が広がるだけだあった。
「もうすぐ仙台ね。」
汽車の窓を流れ行く風景をみながら、さくら はそう呟いた。
さくら は今、仙台へ向かう汽車に、一人で座っていた。父親である『真宮寺一馬』の七回忌のためである。
『帰れません・・・』
帝劇の支配人室に呼ばれた さくら は、米田に仙台に戻るように言われた。しかし、さくら はそう応えた。いや、応えざるおえないかった。
さくら にしても、大好きであった父の法要には行きたかった。しかし、『黒鬼会』との戦いが激化していく現在(いま)、帝撃を離れることなど出来ないと思ったからである。
『・・・さくら くん。』
これまで、さくら と米田の脇で静観して大神が口を開いた。
『帰りなよ。さくら くんが居ない間の帝都は、俺が−いや、花組をはじめとした、帝国華撃団の仲間が、持ちこたえてみせる。』
『花組・・・仲間・・・』
さくら は、その言葉の意味を噛み締めるかのように呟いた。
『そう、仲間だ。』
大神が、すべて判ってるかのように大きく頷く。
『大神さん・・・』
さくら は、潤んだ瞳で大神を見つめる。
『さくら くん・・・』
大神も、さくら の真っ直ぐな視線を受け止めて、見つめ返す。
『つうこった。』
二人だけの世界に入りかけた大神と さくら を、米田の声が現実に引き戻す。
米田の声は、支配人室の扉の向こうに向けられていた。
『おめぇ達も宜しくな!』
扉の向こうで物音がすると、ついで、バタバタと数人の走りさる足音が遠ざかっていった。
さくらは、ひとしきり思い出し笑いをすると、昨夜見た夢を思い出した。父の死んだ数日後にあった、予期せぬ再会の出来事の夢を・・・
あの夜の数日後、さくら はカズマがすでに『新宮』家の当主についていることを知った。それ故、カズマが真宮寺家を訪れる−いや、さくら の相手をする暇がなくなったのだ。
だが、別れ際のカズマの言葉の意味は、未だ謎のままであった。
<でも、なんで今頃、あのときの夢を・・・>
「おかえりなさい。お婆さまもお待ちかねよ。」
それが、久々に逢う母親、『真宮寺若菜』の出迎えの言葉であった。しかし、そっけない言葉とは裏腹に、その口元には、母親に相応しい微笑みを浮かべていた。
奥の部屋に進むと、お婆さまを上座に、『真宮寺』家に連なる一統(単純に言えば、親類縁者)が、さくら を待ちかまえていた。
「よく帰ったのぉ。」
「おぉ、おぉ、大きくなったもんじゃ。」
「ばかもん。さくら も年頃の娘ぞ。せめて綺麗になったと言わんか。」
「ほんに、綺麗になったものよ。」
「おい、目尻がさがっとる。みっともない!」
何時から飲んでいるのか、すでに皆、十分に出来上がっていた。そこに飛び込んできた さくら は、いい酒の肴であるらしい。
さくら がそれらの声を受け流せたのは、米田の教育(?)の賜物か・・・
さくら は、上座のお婆さまの正面に正座すると、深々と頭を垂れた。
「真宮寺さくら。ただいま戻りました。」
七回忌という名目の宴は夜まで続いた。
さくら は母−若菜の心遣いから、早々に席を立つと、旅の疲れからか、そのまま床についていた。
「・・・・・!!」
夜半過ぎ、さくら は異様な気配を感じて眼を覚ました。夜着は寝汗のためにびっしょりと濡れている。
再度、気配を探ろうと気を澄ませてみたが、すでに先程のような異様な気配を感じ取ることはできなかった。
あきらめて、夜着を着替えるために床を抜けたとき、一瞬ではあるが、先程の気配を再び感じた。それはあたかも、何者かが発した、断末魔のようであった。
さくら は、夜着ではなく、いつもの着物を身に纏うと、屋敷を飛び出していった。その右手に『霊剣・荒鷹』が握られているのは、日頃の修練の賜であろう。
<あの気配・・・あれは、まさか・・・>
夜の闇の中を駆け抜けながら、先程の気配が、以前に感じたことがあるものに似ていることに気づく。
以前に感じたことがある、身の毛がよだつ気配・・・それを発していたのは、帝都の地下の闇に潜みし、『降魔』。
「降魔の気配が、なぜこの地で・・・」
答えを出せぬまま、さくら は走り続けるしかなかった。
森の茂みを抜けたとき、さくら は絶句し、立ちすくんだ。
茂みを抜けた広場には、奇怪な骸が散乱していたのだ。
「降・・・魔!?」
その骸は、降魔の姿に酷似していた。そしてそのほとんどが、刀で一刀両断されていた。
「その眷属だよ。」
不意に、さくら の背後から声がした。
「・・・・・!」
振り返ると、そこには黒い着流し姿の男が立っていた。その右手には、一振りの長刀が握られている。さくら の目には、その長刀が霊力を発しているのが見えた。荒鷹とおなじく、霊剣であることは明らかである。
「『裏・北辰一刀流』を納めし者ならば、常に周囲に気を配ることを忘れるぬことだ。」
さくら とて、あたりの気配を伺うことを怠ったわけではなかった。しかし、散乱する降魔の屍に、感覚が麻痺していたことは否めない。
「あ、あなたは・・・」
さくら が問いかけを発っすると同時に、男は手にした長刀を さくら に向けて構えた。姿勢の変わった男の顔を、月影が照らす。
「!!」
その顔を見た さくら は、思わず息を飲んだ。
男は左目は、鋭い眼光を発していたが、右目は闇に閉ざされていた。さらに、その左頬には斜めに傷跡が走っている。
しかし、さくら を驚愕させたのは、隻眼でも傷痕でもなかった。
「お父様・・・いぇ、カズマ・・・兄さん?」
さくら の戸惑いをよそに、男−カズマの霊力が爆発的に高まる。
「破邪剣征・桜花放神!!」
裂帛の気合いとともに、霊力の固まりが放たれる。
その霊気の固まりは、さくら をすり抜けて背後へ飛び去っていった。そしてその先には、骸の中から立ち上がった降魔の生き残りが立っていた。
『桜花放神』を受けた降魔は、今度こそ真の骸となりて崩れ落ちた。
「カズマ兄さんが・・・桜花放神を・・・」
さくら は思わず呟いた。『桜花放神』は、真宮寺に伝わる『裏・北辰一刀流』の奥義である。分家の中にも『裏・北辰一刀流』を納めし者たちはいたが、奥義は本家のみに伝わってきたはずである。
「新宮は真宮寺の影・・・」
不意に茂みの方から声がした。
「お婆さま!お母さま!?」
振り返った さくら は、そこに母と祖母の姿を見た。
「真宮寺の影?」
「真宮寺家の当主は、『裏御三家』として、その血統に秘めし破邪の力をもって、この北の地を守護してきた。」
さくら の問いに、カズマが口を開いた。
「そして新宮家の当主に代々受け継がれた使命は、真宮寺家の当主を護ること。場合によっては、その命を持ってな・・・」
「真宮寺家を護る?」
「そうだ。俺も当主の座についたときから、その宿命を背負ってきた。・・・だが・・・」
そこまで言って、カズマは さくら の真摯な視線をかわすかのように、月を見上げた。
「父が病で亡くし、少年の頃に当主についた俺は、8年前にその宿命をまっとうすることができなかった。」
月影が、カズマの隻眼から流れる涙を煌めかせる。 その煌めきを見たとき、さくら は悟った。7年目の夜のカズマの涙と言葉の意味を・・・
「もうよい。それからの7年間。お主は十分すぎるほどその任を果たしておる。」
いたわりを込めた言葉が、祖母から発せられる。
「その片目と傷がその証じゃ」
その言葉を聞き、さくら は改めて最初の疑問を思い出した。
「お婆さま、この降魔たちは一体?それに、カズマ兄さんの果たした務めって?」
「カズマさんは、お父様にかわり、当主不在のこの北の地を護ってきたのです。」
さくら の問いに、母・若菜が応えた。
「降魔は、単純に言ってしまえば人の怨念の集合体です。人が多く集まる帝都ほどはなくとも、この北の地でも古よりの怨念が集まって降魔として形を為すのです。
それらの怨念を浄化あるいは封じてきたのが新宮寺家なのです。されどお父様が逝き、次の当主である さくら さんが帝都に赴き、北の地の守りの要が不在となりました。
そのため、北の地に張られた結界が揺らぎはじめています。」
「結界?私が・・・要?」
さくら にとって、初めて聞く話であった。
「10年に一度、新宮寺の血を要として北の地に結界をなす。結界は、この地に澱みし怨念を拡散・浄化する。
前に結界の儀式を行ったのは、一馬が降魔戦争に赴く前・・・すなわち10年前じゃ。」
祖母が10年前を思い出すかのように語る。
「前の儀式より10年。結界が揺らぎがより大きくなり、これまで以上に降魔の出現が増え始めています。」
「それで・・・」
若菜の説明で、さくら はようやく得心がいった。黒鬼会との戦いが激化する最中、七回忌とはいえ、米田が さくら に帰郷を促した理由を。
「そこで、新宮寺家当主に成り代わり、カズマさんがそれら降魔と戦ってきたのです。」
「カズマ兄さんが・・・独りで降魔と・・・」
さくら は、改めてカズマの隻眼と傷痕を見直した。それらは・・・
「男なら・・・命を賭してもやらねばならないことがある。一馬さんがそうであったように。」
カズマは さくら を優しく見つめながら言った。
「強くなったなぁ、さくら。」
数日後、結界の儀式を終えた さくら は、帰路についていた。そう、仲間達が・・・なにより大神が待つ、帝都・帝撃へ帰るために。
汽車の中で、さくら はカズマの言葉を思い出していた。
「さくら よ。これで、十年間は結界が保たれる。
お前の居るべきところに帰るがいい。
いつか、お前が・・・あるいは新しい新宮寺の血筋が戻るその日まで、この地の護りは俺が引き受けよう。
だが、新宮は真宮寺の影・・・
その宿命のもとに、俺はいつでもお前を助けに赴こう。
ふっ、その必要もないかもしれんがな。」
「えっ?」
「お前を護ってくれる男が、すでにいるんじゃないのか?」
カズマの独眼は、全てを見通すようであった。しかし、その瞳にやどる光は優しさに満ちていた。
それは、月の光によく似ていた。
第3話 「月見さくらの影」
終
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