CAPETOI normal 92/11/26 13:51:13
--------------------------
92/11/26 13:51:13 CAPETOI 原発を考える
私は串間市民。原発に関して賛成でもないし反対でもない。原発ができ
れば、串間市が活性化するとは思わないが、一時的なカンフル剤になると
思う。鹿児島県川内市の原発立地の経過を見ると串間も相当混乱すること
はいなめない。混乱するくらいだったら原発は必要ない。ただ一つだけ言
えることは、原発を通して串間の将来を考えるきっかけになっているのが、
せめてもの救いだと思う。
串間の街を歩くと「美しい自然を子供に残そう」という看板が目だつ。
串間市民は、本当に「串間の自然はすばらしい」と考えているのだろうか。
それだったら、休日の都井岬や幸島に串間市民が少ないのはなぜ。幼稚園
の遠足は子供の国なのはなぜ。串間の自然がすばらしいと思っている大人
だったら、串間の「よさ」を子供に洗脳するはずだ。蛍が飛び交えば子供
に見せてほしい。芋の収穫風景を、魚の競り市を、文化財を、家族で見る
ことを考えてほしい。愛する人ができれば、おのずと相手を知ろうとする
ものだ。本気で串間を愛していないから知ろうとしないのではないか。知
ろうとしない大人が、串間のビジョンを考えるから、市長が一期交代する
のではないか。
市民と行政が知恵を出し合えば必ずよいアイディアが生まれると信じた
い。よいアイディアを出すためには、串間を愛することが大切だ。ただ、
原発反対ではなく、原発に頼らないビジョンを示してほしい。そういうビ
ジョンを明示することにより、行政が将来の構想を策定し、市民の活動を
下支えすると思う。だから、地域づくり・まちづくりは、市民みずからが
行なうものである。
昭和36年1月20日、第35代米国大統領の就任式で、ケネディはそ
の後永く記憶されることになる格調高い演説を行なった。「わが米国民よ、
諸君の国が諸君のために、なにをなし得るか、問うてはならぬ。諸君が諸
君の国のために、なにをなし得るかを問うのだ。そして世界中の市民諸君、
米国が諸君のために、なにをなすかを問うのではなく、人類の自由のため、
共になにをなし得るかを問おう」。「米国」を我々が住んでいる「国」や
「まち」に置き換えてみるとよい。なにかをしてもらうというのではなく、
なにかをする、そういう姿勢がまず必要だ、とケネディはいうのである。
Cape Toi